広告スペース
ギルドにて
翌朝、身支度を整えて外に出ると、ミクはすでに玄関先で待っていた。
「じゃ、行こっか。ギルドまで案内するね」
手を引かれるようにして、俺は歩き出した。朝の光が街並みを淡く照らしている。道の脇に並ぶ建物の壁には、細い線状の光が絶えず流れていて、まるで街全体が一つの回路みたいだった。時々、その光の筋がふっと色を変える瞬間があって、そのたびに何かの信号が走ったような気配がする。
「なんか……歩いてるだけでも落ち着かないな」
「最初はみんなそう言うよ。すぐ慣れるから大丈夫」
歩調を合わせながら、ミクがふと呼びかけてくる。
「マスター、あっちの通りの方が近道だよ」
「……その、マスターって呼び方、まだ慣れないんだけど」
「え、なんで? マスターはマスターじゃん」
「いや、そうなんだけどさ……」
言い切れずにいると、ミクはくすっと笑って、それ以上は追及してこなかった。その代わりに、握った手に少しだけ力がこもった気がした。
十分ほど歩いただろうか。道の先に、石造りの大きな建物が見えてきた。入り口の扉には、竪琴と羽根を組み合わせたような紋章が刻まれている。近づくにつれて、建物の輪郭がやけにはっきりしてくる。石の一つ一つに細かい彫り込みがあって、長い年月をかけて使い込まれてきたことが分かった。窓の向こうには、何人もの人影が忙しなく行き交っているのが見える。
「ここがギルド。冒険者とか、こっちで生活する人はだいたいここで登録するんだ」
その言葉を聞いて、俺は改めて自分の状況を思い知らされた気がした。もう戻る場所はない。ここで生きていくしかないのだ、と。
登録とコードテスト
扉をくぐると、外の喧騒が嘘のように静かだった。木の床が軽く軋む音と、遠くで誰かが書類をめくる音、羽根ペンが紙の上を走る音だけが響いている。奥の壁には、この世界の地図らしきものが大きく貼られていて、いくつもの光点がゆっくりと動いていた。受付にいた職員が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。……ああ、あなたが噂の」
淡々とした口調だったが、目だけは値踏みするようにこちらを見ていた。
「はい、悠太っていいます」
声が少し上ずったのが、自分でも分かった。
「伺っています。ではまず、こちらの用紙にご記入を」
差し出された用紙には、名前、出身、簡単な経歴を書く欄があった。ペンを持つ手が少しだけ震える。この世界に来てからまだ日が浅いこともあって、書ける項目は多くない。
「出身は……空欄でいいですか」
「構いません。事情は伺っていますので」
職員はそう言うと、ミクの方をちらりと見た。ミクは小さく頷き返す。どうやら、事前に色々と話を通してくれていたらしい。そのやり取りの短さから、二人の間にある信頼のようなものが、なんとなく伝わってきた。
書類を書き終えると、職員は表情を変えずに立ち上がった。
「それでは適性の確認を行います。奥のフロアへどうぞ」
案内された先は、天井が高く、がらんとした訓練場のような部屋だった。石の壁には焦げたような跡がいくつも残っている。前にここで何があったのか、あまり考えたくなかった。床には細かい傷が無数に走っていて、ここが日常的に使われている場所だということが分かる。
「ここで、実際に何か試していただけますか。難しいことは考えず、思うようにやってみてください」
それだけ言うと、職員は少し離れた場所で腕を組んで待った。指示らしい指示は、それ以上なかった。ミクも壁際に下がって、心配そうにこちらを見ている。
「……思うように、って言われてもな」
呟きながら、俺は自然と目を閉じていた。理由は自分でも分からない。ただ、そうするのが一番しっくりくる気がしたのだ。
頭の中は、最初は真っ暗だった。何も浮かばない。焦りが少しずつ膨らんでくる。それでも急かされているわけではないから、無理に何かを探そうとはせずに、ただじっと待った。
しばらくすると、暗闇の奥に小さな熱が生まれた。最初は本当に小さな、蝋燭の芯ほどの熱だった。それが呼吸に合わせて、少しずつ膨らんでいく。熱はやがて色を持ち始めた。赤。橙。時々、白に近いほど眩しい色が混じる。炎だ。理由は分からない。ただ、燃え盛る炎のイメージだけが、頭の奥でどんどん形を持っていく。
言葉が、勝手に浮かんでくるわけではなかった。むしろ逆だった。頭の中にある熱を、どう言葉にすればいいのか、自分の中で探るような感覚があった。一音一音、確かめるように。
「――イグナイト」
まず、そう漏れた。喉の奥から、熱の塊を少しだけ押し出すように。頭の中の炎のイメージが、それに応えるように一段階明るくなる。
「――コア」
続けて、もう一段階。熱が輪郭を持ち始めるのが分かった。
「――フレイムジェネレート」
さらに強く。まぶたの裏で、炎がはっきりとした形を作っていく。
「――シークェンス・スタート」
最後の一言を言い切った瞬間、目の前の空気がぶわりと揺らいだ。
「うわっ!?」
正面で、炎が音を立てて燃え上がった。人一人分ほどの高さの炎柱が、確かにそこにある。熱風が頬を撫でて、俺は思わず数歩後ずさった。心臓がやけにうるさい。
「……発動、確認できました」
職員は驚いた様子もなく、淡々と手元の記録板に何かを書き込んでいる。ペン先が走る音だけが、妙に大きく聞こえた。
「少し補足します。悠太さんたち人間は、私たちのような電脳世界の者と違って、脳の処理速度がそこまで速くありません。それでも今、きちんと発動できたのは、おそらく元々備わっていた素養によるものかと」
説明の途中で、俺は妙な違和感に気づいた。頭の奥が、じわじわと重くなっていく。最初は些細な違和感だった。それが数秒のうちに、はっきりとした痛みに変わっていく。
「あ……頭が……」
「マスター!?」
ミクの声が、急に遠くなった気がした。頭の中を、何かがぐるぐるとかき回されているような痛みが襲う。視界の端がちかちかと点滅する。
「――っ、うぐ……」
両手で頭を抱え込んだところまでは、覚えている。誰かが自分の名前を呼んでいる。何人分もの足音が近づいてくる。それでも、意識はどんどん薄くなっていって、そこから先の記憶は、ぷつりと途切れていた。
「じゃ、行こっか。ギルドまで案内するね」
手を引かれるようにして、俺は歩き出した。朝の光が街並みを淡く照らしている。道の脇に並ぶ建物の壁には、細い線状の光が絶えず流れていて、まるで街全体が一つの回路みたいだった。時々、その光の筋がふっと色を変える瞬間があって、そのたびに何かの信号が走ったような気配がする。
「なんか……歩いてるだけでも落ち着かないな」
「最初はみんなそう言うよ。すぐ慣れるから大丈夫」
歩調を合わせながら、ミクがふと呼びかけてくる。
「マスター、あっちの通りの方が近道だよ」
「……その、マスターって呼び方、まだ慣れないんだけど」
「え、なんで? マスターはマスターじゃん」
「いや、そうなんだけどさ……」
言い切れずにいると、ミクはくすっと笑って、それ以上は追及してこなかった。その代わりに、握った手に少しだけ力がこもった気がした。
十分ほど歩いただろうか。道の先に、石造りの大きな建物が見えてきた。入り口の扉には、竪琴と羽根を組み合わせたような紋章が刻まれている。近づくにつれて、建物の輪郭がやけにはっきりしてくる。石の一つ一つに細かい彫り込みがあって、長い年月をかけて使い込まれてきたことが分かった。窓の向こうには、何人もの人影が忙しなく行き交っているのが見える。
「ここがギルド。冒険者とか、こっちで生活する人はだいたいここで登録するんだ」
その言葉を聞いて、俺は改めて自分の状況を思い知らされた気がした。もう戻る場所はない。ここで生きていくしかないのだ、と。
登録とコードテスト
扉をくぐると、外の喧騒が嘘のように静かだった。木の床が軽く軋む音と、遠くで誰かが書類をめくる音、羽根ペンが紙の上を走る音だけが響いている。奥の壁には、この世界の地図らしきものが大きく貼られていて、いくつもの光点がゆっくりと動いていた。受付にいた職員が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。……ああ、あなたが噂の」
淡々とした口調だったが、目だけは値踏みするようにこちらを見ていた。
「はい、悠太っていいます」
声が少し上ずったのが、自分でも分かった。
「伺っています。ではまず、こちらの用紙にご記入を」
差し出された用紙には、名前、出身、簡単な経歴を書く欄があった。ペンを持つ手が少しだけ震える。この世界に来てからまだ日が浅いこともあって、書ける項目は多くない。
「出身は……空欄でいいですか」
「構いません。事情は伺っていますので」
職員はそう言うと、ミクの方をちらりと見た。ミクは小さく頷き返す。どうやら、事前に色々と話を通してくれていたらしい。そのやり取りの短さから、二人の間にある信頼のようなものが、なんとなく伝わってきた。
書類を書き終えると、職員は表情を変えずに立ち上がった。
「それでは適性の確認を行います。奥のフロアへどうぞ」
案内された先は、天井が高く、がらんとした訓練場のような部屋だった。石の壁には焦げたような跡がいくつも残っている。前にここで何があったのか、あまり考えたくなかった。床には細かい傷が無数に走っていて、ここが日常的に使われている場所だということが分かる。
「ここで、実際に何か試していただけますか。難しいことは考えず、思うようにやってみてください」
それだけ言うと、職員は少し離れた場所で腕を組んで待った。指示らしい指示は、それ以上なかった。ミクも壁際に下がって、心配そうにこちらを見ている。
「……思うように、って言われてもな」
呟きながら、俺は自然と目を閉じていた。理由は自分でも分からない。ただ、そうするのが一番しっくりくる気がしたのだ。
頭の中は、最初は真っ暗だった。何も浮かばない。焦りが少しずつ膨らんでくる。それでも急かされているわけではないから、無理に何かを探そうとはせずに、ただじっと待った。
しばらくすると、暗闇の奥に小さな熱が生まれた。最初は本当に小さな、蝋燭の芯ほどの熱だった。それが呼吸に合わせて、少しずつ膨らんでいく。熱はやがて色を持ち始めた。赤。橙。時々、白に近いほど眩しい色が混じる。炎だ。理由は分からない。ただ、燃え盛る炎のイメージだけが、頭の奥でどんどん形を持っていく。
言葉が、勝手に浮かんでくるわけではなかった。むしろ逆だった。頭の中にある熱を、どう言葉にすればいいのか、自分の中で探るような感覚があった。一音一音、確かめるように。
「――イグナイト」
まず、そう漏れた。喉の奥から、熱の塊を少しだけ押し出すように。頭の中の炎のイメージが、それに応えるように一段階明るくなる。
「――コア」
続けて、もう一段階。熱が輪郭を持ち始めるのが分かった。
「――フレイムジェネレート」
さらに強く。まぶたの裏で、炎がはっきりとした形を作っていく。
「――シークェンス・スタート」
最後の一言を言い切った瞬間、目の前の空気がぶわりと揺らいだ。
「うわっ!?」
正面で、炎が音を立てて燃え上がった。人一人分ほどの高さの炎柱が、確かにそこにある。熱風が頬を撫でて、俺は思わず数歩後ずさった。心臓がやけにうるさい。
「……発動、確認できました」
職員は驚いた様子もなく、淡々と手元の記録板に何かを書き込んでいる。ペン先が走る音だけが、妙に大きく聞こえた。
「少し補足します。悠太さんたち人間は、私たちのような電脳世界の者と違って、脳の処理速度がそこまで速くありません。それでも今、きちんと発動できたのは、おそらく元々備わっていた素養によるものかと」
説明の途中で、俺は妙な違和感に気づいた。頭の奥が、じわじわと重くなっていく。最初は些細な違和感だった。それが数秒のうちに、はっきりとした痛みに変わっていく。
「あ……頭が……」
「マスター!?」
ミクの声が、急に遠くなった気がした。頭の中を、何かがぐるぐるとかき回されているような痛みが襲う。視界の端がちかちかと点滅する。
「――っ、うぐ……」
両手で頭を抱え込んだところまでは、覚えている。誰かが自分の名前を呼んでいる。何人分もの足音が近づいてくる。それでも、意識はどんどん薄くなっていって、そこから先の記憶は、ぷつりと途切れていた。
9view
0点
良い
悪い